文化財指定神輿まとめ

国内で文化財として指定(国・都道府県・市町村)されている神輿(鳳輦含む)を列挙しています(ネット上に掲載されているもののみです)。
現存している神輿で文化財というお墨付きを貰っている神輿を並べることで、ほんの一部ですが長い歴史を持つ神輿文化を考える一助になると幸いです。
年代は製作または奉納などわかる範囲で記載しております。年代の表記は参照元に準じてます。
※室町時代に関しては南北朝と戦国、安土桃山時代がサイトによって混在しており、正確な製作年が不明な場合もあり必ずしも正しい順番になっていないことをご了承ください。
自治体等の公式サイトで確認しておりますが、一部一般のサイトで年代等の情報を得ておりますので、正確性をお求めの際は各自ご確認をお願いします。
一部参照元と西暦の表記が違う場合がありますが、和暦を元に確認し当方で変更してあります。
情報量が多いため文字サイズを小さくしており、見づらくて申し訳ございません。お手数をお掛けしますが、見やすいサイズに変更してご覧いただけると幸いです。

時代・年号 (推定)年代 神社名 場所 文化財区分 名称または特記 備考 参照元
749(天平勝宝) 奈良時代 宇佐八幡宮 大分県宇佐市南宇佐 参考 文化財では無いが神輿の歴史を考える上で外せないので挙げておきます。
東大寺の大仏建立を助ける為、宇佐八幡神が鳳輦に乗って駆けつけた(文献上初めて神輿が登場)
宇佐八幡宮サイト
平安時代 鞆淵八幡宮 和歌山県紀の川市中鞆渕 国宝 沃懸地螺鈿金銅装神輿 現存する最古の神輿。
安貞二年(1228年)に京都・石清水(いわしみず)八幡宮から所領別院である鞆淵(ともぶち)八幡神社へ奉送されたもの
文化庁データベース 他
1150(久安5年) 平安時代 鳥飼八幡宮 兵庫県洲本市五色町鳥飼中 国指定重要文化財
(工芸品)
沃懸地螺鈿金銅装神輿 文化庁データベース 他
1196(建久7年) 鎌倉時代 誉田八幡宮 大阪府羽曳野市 国宝 塵地螺鈿金銅装神輿 応神陵へお渡り儀式で使用されていた工芸技術の粋を集めた壮麗な神輿で、建久7年(1196)、源頼朝が、社殿を造営したときに寄進している。 文化庁データベース 他
1247(宝治元年) 鎌倉時代 若宮八幡神社 山形県東根市大字東根甲 山形県指定有形文化財
(工芸品)
神社の縁起によれば、鎌倉鶴ケ岡八幡宮の神人(じにん)、三浦下野守平為澄が、宝治元年(1247年)6月、政争に敗れて出羽に逃れた折に、8名の部下とともに、奉持してきた神輿と伝えている。 山形県文化財サイト 他
1263(弘長3年) 鎌倉時代 椙本神社 高知県吾川郡いの町大国町 国指定重要文化財
(工芸品)
八角形漆塗神輿 弘長三年(1263年)に藤原助影が奉献したという銘文が棟木に記録されている。元禄、享保年間に二度補修。 文化庁データベース
椙本神社サイト
1315(正和4年)
1369(応安2年)
鎌倉時代 手向山八幡宮 奈良県奈良市雑司町 国指定重要文化財
(工芸品)
錦貼神輿 三基 社伝によると正和4年(1315)、応安2年(1369)に造替されたと伝えられる。葱華輦の屋根蓋の下り棟に暦応四年(1341)の造替、鳳輦に正長元年(1428)10月の修理銘がある 文化庁データベース
室町時代 熊野速玉大社 和歌山県新宮市新宮 国指定重要文化財
(工芸品)
漆金銅装神輿 文化庁データベース
室町時代 丹生都比売神社 和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野 国指定重要文化財
(工芸品)
木造鍍金装神輿 二基 「浜降り」の神事の渡御において用いられた神輿と考えられ、14世紀末から15世紀の作。 文化庁データベース
丹生都比売神社サイト
南北朝時代 長田神社 兵庫県神戸市長田区長田町 国指定重要文化財
(工芸品)
黒漆金銅装神輿 【神社サイト記】伝源頼朝奉納。康正三年(1457年)修理の棟札があり、足利尊氏奉納とも考えられる。
注)源頼朝だと時代が合わない
文化庁データベース
長田神社サイト
南北朝時代 惣社水分神社 奈良県宇陀市菟田野上芳野 国指定重要文化財
(工芸品)
黒漆金銅装神輿 文化庁データベース
1370(応安3年) 南北朝時代 平之荘神社 兵庫県加古川市平荘町山角 加古川市指定文化財 神輿屋根内部から応安3年(1370年)の墨書き棟札が発見される 加古川市サイト
1384(至徳元年) 南北朝時代 飯香岡八幡宮 千葉県市原市八幡 千葉県指定有形文化財
(工芸品)
漆塗金銅装神輿 四基 至徳元年(1384年)に源義満によって4基揃いで鎌倉において製作され、寄進された 千葉県サイト
1389(康応元年) 南北朝時代 日光二荒山神社 栃木県日光市山内 国指定重要文化財
(工芸品)
金銅装神輿 三基 新宮・本宮・滝尾各社の神輿 文化庁データベース
1404(応永11年) 室町時代 飯開神社 滋賀県長浜市湖北町延勝寺 国指定重要文化財
(工芸品)
漆神輿 応永十一年三月十七日造ノ銘アリ 文化庁データベース
1457(康正3年) 室町時代 都祁水分神社 奈良県奈良市都祁友田町 奈良県指定文化財
(工芸品)
金銅装神輿 奈良県サイト
室町中期 大山祇神社 愛媛県今治市大三島町宮浦 愛媛県指定有形文化財
(建造物)
三座 愛媛県サイト 他
1483(文明15年) 戦国時代 聖神社 大阪府和泉市王子町 国・重要美術品 文化庁データベースでは見つけられず詳細不明 大阪府サイト
和泉市サイト
1492(明応2年) 戦国時代 八剱八幡神社 岐阜県可児市久々利 岐阜県指定
重要有形民俗文化財
六角神輿 明応2年(1492)の製作であることが、天井板の墨書きからわかる。以前は天満神社の御輿であったが、明治43年(1910)に八幡神社に合祀され今に至っている。 岐阜県サイト
1495(明応4年) 戦国時代 魚沼神社 新潟県小千谷市土川 小千谷市有形文化財
(建造物)
天井板には、明応四年乙卯四月(1495年)の墨書(ぼくしょ)あり。文化14年(1817年)に大修理を行っており、その際に屋根が当初の様式を失ってしまったことが惜しまれます。 小千谷市サイト
1517(永正14年) 戦国時代 小童須佐神社 広島県三次市甲奴町小童 広島県指定重要文化財
(工芸品)
永正十四年(1517)創建で、寛文八年(1668)改修。宝暦一三年(1762)北備五郡より戸別一文の寄付を得て台車に乗せた 広島県サイト 他
1526(大永6年) 室町時代 伊佐須美神社 福島県大沼郡
会津美里町字宮林甲
国指定重要文化財
(工芸品)
朱漆金銅装神輿 高田城主葦名盛安・盛常父子が大永6年(1526)に奉献 文化庁データベース 他
室町時代後期〜桃山時代 朽飯八幡神社 福井県越前市朽飯 福井県指定文化財
(工芸品)
黒漆塗八角形御輿 木造、黒漆塗、八角形葱花輦型の神輿で、製作は室町時代後期から桃山時代の16世紀頃とみられる。基台裏の墨書銘から、宝暦14年(1764)に今立郡小野谷村の杉野治大夫により修理されたことがわかる 福井県サイト
朽飯八幡神社サイト
1575(天正3年) 安土桃山時代 甲波宿祢神社 群馬県東吾妻町箱島 東吾妻町指定重要文化財 由緒によれば天正3年(1575)作と伝えられる 東吾妻町サイト 他
安土桃山時代 松苧神社 新潟県十日町市犬伏 十日町市指定文化財
(工芸品)
旧松代町 十日町市サイト
安土桃山時代 氷川女體神社 埼玉県さいたま市緑区宮本 埼玉県指定有形文化財
(工芸品)
桃山時代末期。「御船祭」に使用と伝えられる。 埼玉県サイト
さいたま市サイト
安土桃山時代 日吉大社 滋賀県大津市坂本 国指定重要文化財
(工芸品)
大宮、宇佐宮、二宮の神輿は天正十七年(1589)に新庄駿河守直頼が願主、樹下社は慶長十六年(1611)に浅井氏息女の寄進。他の神輿もこの頃から江戸時代にわたって造られたと考えられる。 文化庁データベース 他
安土桃山〜江戸時代 保呂羽山
波宇志別神社
秋田県横手市大森町
八沢木字宮脇
秋田県指定有形文化財
(工芸品)
平成2年から実施された神楽殿保存修理工事の際、天井裏からその部材(70%程)が発見され、平成5年に復原したものである。(翌年文化財指定) 秋田県サイト 他
慶長年間 安土桃山時代 芦峅雄山神社 富山県中新川郡立山町 立山町指定文化財
(工芸品)
二基(大宮・若宮) 慶長年間に加賀藩主前田家から寄進された 立山町サイト 他
1600(慶長5年) 江戸時代 品川神社 東京都品川区北品川 品川区指定文化財
(工芸品)
旧神輿 【神社サイトより】慶長5年(1600)、徳川家康公が「天下一嘗の面」などと共に奉納
区のサイトでは江戸時代(1603〜1868)前期の製作と記載。
品川区サイト
品川神社サイト
1601(慶長6年)? 室町時代 熊野神社 山形県南陽市宮内 南陽市指定文化財
(工芸品)
仏式神輿 室町時代の作といわれている。善光寺如来を熊野神社境内に奉祀したときのものと伝えられている。
一説には上杉景勝の米沢藩への国替え【慶長6年(1601年)か?】によって奉祀されたとも。
南陽市サイト 他
1604(慶長9年)? 安土桃山〜江戸時代 玉依比売命神社 長野県長野市松代町東条 長野市指定有形文化財 漆地彩色装神輿 慶長9年(1604)に松平忠輝の寄進と伝えられているが確証はない 長野市サイト 他
1604(慶長9年) 安土桃山時代 吉野水分神社 奈良県吉野郡吉野町大字吉野山 奈良県指定有形文化財
(工芸品)
屋根板裏面墨書銘等から建部内匠頭光重を奉行とし慶長9年(1604)に製作されたことが判明する。 奈良県サイト 他
寛永初期 江戸時代 鶴岡八幡宮 神奈川県鎌倉市雪ノ下 神奈川県指定
有形民俗文化財
本宮神輿三基
若宮神輿四基
寛永初期の造営と考えられる 神奈川県サイト
鶴岡八幡宮サイト
1635(寛永12年) 江戸時代 八代神社(妙見宮) 熊本県八代市妙見町 熊本県指定重要民俗文化財 朱神輿 「妙見宮祭礼神幸行列関係資料」のうち神輿1基。細川三斎【忠興】が、寛永12年(1635)に寄進したとされる 八代市サイト
1636(寛永13年) 江戸時代 貴船社 長野県伊那市高遠町藤沢荒町 伊那市指定有形民俗文化財 寛永13年(1636)7月、保科正之公が山形の最上城へ転封の際に寄進されたもの 伊那市サイト 他
1642(寛永19年) 江戸時代 南宮大社 岐阜県不破郡垂井町宮代 垂井町指定文化財
(工芸品)
3基 例大祭の神輿渡御式で使われていた神輿で、寛永19年に製作されたものです 垂井町サイト 他
1642(寛永19年) 江戸時代 静岡浅間神社 静岡県静岡市葵区宮ケ崎町 静岡県指定有形文化財
(工芸品)
静岡浅間神社古神宝類(30件)に含まれるか不明確ではある 徳川家光公の寄進した鳳輦(寛永19年(1642)の墨書あり) 静岡県サイト 他
1645(正保2年) 江戸時代 馬嶋社 愛知県海部郡大治町 大治町指定有形民俗文化財 所在・大治町公民館 馬島村にかつてあった(明眼院13世・円慶が鎮守社であった白山社(現・馬嶋社)に奉納した)正保2年(1645年)の銘がある神輿などの文化財を保有している 大治町サイト 他
慶安年間頃(1648〜1651) 江戸時代 東照宮 広島県広島市東区二葉の里 広島市指定重要有形文化財 大神輿は、東照宮が創建された慶安頃(1648〜51年)の製作。檜材に黒漆および金梨地塗りの華麗なものです 広島市サイト
1651(慶安4年) 江戸時代 莵橋神社 石川県小松市浜田町 小松市指定文化財
(建造物)
莵橋神社は、慶安4年(1651)小松城中より現在地に遷座したが、神輿を初めとする各種の神具はそのときに寄進されたものと伝えられる 小松市サイト
1657(明暦3年) 江戸時代 鹿嶋神社 福島県白河市大鹿島 白河市指定重要文化財
(工芸品)
本神輿は、白河城下の総鎮守である鹿嶋神社に明暦3年(1657)白河藩主本多忠義が寄進したものである 白河市サイト
1658(万治元年) 江戸時代 須賀神社 栃木県小山市宮本町 栃木県指定有形文化財
(工芸品)
朱神輿 万治元年(1658)に日光東照宮を造営した職人の手によってつくられ、徳川家康が小山評定のときに関ケ原の戦いでの勝利を祈願して成就した須賀神社に奉納されたものと伝えられています。 栃木県サイト
1665(寛文5年) 江戸時代 八坂神社 茨城県笠間市笠間 笠間市指定文化財 寛文5年(1665)に、この神輿が京都で磯貝勘三郎によって造られ、40日間もかかって笠間へかつぎ運ばれたとの記録がある。
また、八坂神社の最初の神輿は、慶長5年(1600)に京都六条の大工治右衛門が造ったと伝えられている。
笠間市サイト
1673(寛文13年) 江戸時代 六崎区神輿 千葉県佐倉市六崎 佐倉市指定有形文化財
(工芸品)
神輿には寛文13年(1673)の銘があり、江戸時代中期以前に造られた神輿の特徴を備えています。もとは鏑木町の麻賀多神社に伝わった古い神輿で、『古今佐倉真佐子』によれば、享保6年(1721)に麻賀多神社で神輿を新造した際に、古い神輿はおよそ60両ばかりで六崎村の氏子に譲られました。 佐倉市サイト
1687(貞享4年) 江戸時代 日吉神社 岐阜県安八郡神戸町神戸 岐阜県指定
重要有形民俗文化財
7基 7基共に貞享4年4月(1687)に製作されたもの。
これより前、源頼朝が建久年間(1190〜1199)に社領を寄進し、七社の御輿を奉納したと伝えられている。
岐阜県サイト 他
元禄年間 江戸時代 武峰神社 千葉県長生郡長柄町六地蔵 長柄町指定文化財 元禄年間(1688〜1704)の製作と推測される。台座に「たたき環」のついている古い様式 長柄町サイト 他
1698(元禄11年) 江戸時代 深志神社 長野県松本市 松本市指定重要文化財
(工芸品)
二基 元禄十一年(1698)松本城主水野忠直公の奉納 松本市サイト
深志神社サイト
1700(元禄13年) 江戸時代 岡宮神社 長野県松本市旭 松本市指定重要文化財
(工芸品)
元禄13年(1700)松本藩主水野忠直公(水野家三代目)により寄進されたものです 松本市サイト
岡宮神社サイト
1700(元禄13年) 江戸時代 武蔵御嶽神社 東京都青梅市御岳山 青梅市指定有形文化財 元禄13年(1700) 徳川綱吉公奉納 松本市サイト 他
1702(元禄15年) 江戸時代 海童神社 青森県北津軽郡板柳町板柳土井 板柳町指定文化財 元禄15年(1702) 板柳の豪商「若狭屋」が大阪での商用の折に購入し、海童神社に奉納した。
この神輿は、播州浅野家が注文し作らせたものであるが、元禄14年(1701)浅野匠頭が殿中刃傷事件を起こし、お家断絶となったため引き取らなかったというものである。神輿は、赤穂の紋である「違いの鷹羽」が付いている。
板柳町サイト 他
1702(元禄15年) 江戸時代 八雲神社 三重県松阪市 松阪市指定有形文化財 神鏡に「元禄十五壬午(みずのえうま)天六月吉祥日松坂惣中産寺弥勒院 覚翁代」と陰刻があり、その頃の製作と考えられる 松阪市サイト 他
1702(元禄15年) 江戸時代 鳥屋比古神社 石川県鹿島郡中能登町春木 中能登町指定
有形民俗文化財
奉納者は当時の藩の山廻役(十村に準ずる役)であった鳥畠孫十郎と記されています 中能登町サイト 他
1704(宝永元年) 江戸時代 八坂神社 群馬県渋川市並木町 渋川市指定
重要有形民俗文化財
宝永元年(1704)に製作された江戸型神輿であり、工匠は江戸本石町の錺屋角左衛門(かざりやかくざえもん)です 渋川市サイト
1705(宝永2年) 江戸時代 水戸八幡宮 茨城県水戸市八幡町 水戸市指定文化財 黒漆金銅装八角神輿 当神輿は、八幡宮が白旗山の現地に宝永年間に移転したおり、遷座の際に御神体の遷座用として宝永2(1705)年に町内氏子が寄進して製作したことが、納入の銘札や部材の墨書から明らかになっています。
但し、水戸八幡宮サイトでは宝永6年の再遷座の際、作製されたと記載。また、金具裏面には、本神輿を寄進した水戸藩士の名が多数記されている。とある
水戸市サイト
水戸八幡宮サイト
1706(宝永3年) 江戸時代 王歳神社 京都府福知山市三和町芦渕 福知山市指定文化財
(工芸品)
元々は松尾大社(京都)に奉納された神輿であり、その後、二宮神社(丹波市市島町竹田)を経て王歳神社に移ってきたものです。内部に「宝永3年(1706)總金薄寄進」の漆書きがある。『丹波志』(1794)に氷上郡下竹田村二宮神社が京都松尾神社の葵の御紋付の神輿を延享年間(1744-1747)に銀40匁で購入したとある。芦渕村は弘化2年(1845)に購入。 福知山市サイト
1706(宝永3年) 江戸時代 船城神社 兵庫県丹波市春日町歌道谷 丹波市指定文化財
(工芸品)
宝永三年(1706)には、霊元法王の院宣により有栖川家より神輿が寄進された【船城神社 由緒より】 丹波市サイト 他
1707(宝永4年) 江戸時代 大串稲荷神社 茨城県水戸市大串町 水戸市指定文化財 宝永4年(1707)、水戸藩3代藩主徳川綱條より大串稲荷神社に寄進されたもので、神輿は総漆塗りで、葵の紋があります 水戸市サイト
1711(正徳元年) 江戸時代 鏑八幡神社 岩手県花巻市東和町土沢 花巻市指定有形文化財
(工芸品)
神輿は本殿と同じ正徳元年(1711)に盛岡出身の大工栄田清蔵によって製作されたもの 花巻市サイト 他
1714(正徳4年) 江戸時代 根津神社 東京都文京区根津 文京区 有形文化財
(工芸品)
三基 六代将軍家宣は幕制をもって当社の祭礼を定め、正徳四年江戸全町より山車を出し、俗に天下祭と呼ばれる壮大な祭礼を執行した。現存する大神輿三基は、この時家宣が奉納したものである 文京区サイト
根津神社サイト
1714(正徳4年) 江戸時代 真山神社 秋田県男鹿市北浦真山字水喰沢 男鹿市指定有形民俗文化財 江戸時代の正徳4年(1714)に藩主、佐竹義格(よしただ)公により寄進されたといわれています。義格公寄進の神輿は二丁あったが、そのうち一丁は明治8年(1875)に故あって夜叉袋村(現八郎潟町夜叉袋)に譲渡され、同町の諏訪神社に収蔵されています 男鹿市サイト
1715(正徳5年) 江戸時代 下原八幡神社 岐阜県下呂市金山町中津原 下呂市指定文化財
(工芸品)
下呂市サイト
1717(享保2年) 江戸時代 城端神明宮 富山県南砺市城端 南砺市指定有形文化財
(工芸品)
春日神輿 南砺市サイト
享保年間? 江戸時代 相馬中村神社 福島県相馬市中村字北町 相馬市指定有形文化財
(工芸品)
5代目藩主相馬昌胤が、その子都胤を祀るときに造られたものと伝えられる吉田神道流の神輿です。
相馬都胤が亡くなったのが正徳五年(1715)、祀った『都玉神社』建立が享保三年(1718)なのでこの時期か?【自己推察】
相馬市サイト 他
1720(享保5年) 江戸時代 熊野神社 千葉県長南町芝原 長南町指定文化財 二基 徳川氏の家臣で初代大多喜城主となった本多忠勝ゆかりの神輿と伝えられています。現在の神輿は忠勝寄進のものが老朽化したため、享保5(1720)年に熊野神社氏子によって新たに奉納されたものです 長南町サイト 他
1721(享保6年) 江戸時代 麻賀多神社 千葉県佐倉市鏑木町 佐倉市指定有形文化財
(工芸品)
江戸中期・享保六年に江戸から職人10名程を呼び、8ヶ月の月日と当時の金子約360両という大金をかけて造り上げた豪華な大神輿です 佐倉市サイト
麻賀多神社サイト
1731(享保16年) 江戸時代 神明宮 長野県東筑摩郡麻績村宮本 麻績村指定有形文化財 麻績組十ヶ村の寄進で、享保十六年(1731)六月松本町大工何右衛門・作十郎と当時の木札がある 麻績村サイト
1737(元文2年) 江戸時代 八雲神社 栃木県足利市通 足利市指定文化財
(工芸品)
幌の銘記から元文2年(1737)に製作されたことがわかる 足利市サイト
1746(延亨3年) 江戸時代 神明神社 富山県中新川郡上市町 上市町指定文化財 八角神輿 上市町サイト
1753(宝暦3年) 江戸時代 八坂神社
(諏訪神社摂社)
群馬県渋川市赤城町溝呂木 渋川市指定重要文化財 屋蓋の組木に「宝暦三癸酉正月 大工北牧後藤 八崎村 天下長久」と墨書があるため、八崎(北橘村)の八坂神社(現赤城神社摂社)の神輿として、北牧(きたもく)の大工後藤氏が宝暦3年(1753)に製作したものであることが分かっています 渋川市サイト
1753(宝暦3年) 江戸時代 御霊神社 神奈川県鎌倉市坂ノ下 鎌倉市指定有形民俗文化財 製作者は覚園寺村の大工の棟梁・木村源八。『新編相模国風土記稿』には、御霊神社の神輿は鶴岡八幡宮の神輿と同型と記されている 鎌倉市サイト 他
1756(宝暦6年) 江戸時代 上町 長野県諏訪市諏訪 諏訪市指定有形文化財
(彫刻)
上町の木芯漆喰著色道祖神と神輿 道祖神らを収納するための神輿は朱彩の神社形式 諏訪市サイト 他
1763(宝暦13年) 江戸時代 呑香稲荷神社 岩手県二戸市福岡 二戸市指定有形文化財
(工芸品)
第34代南部利雄公が寄進したといわれる六角神輿があり、例祭では千石の格式で数十名の武士が御輿の前後を警護し渡御が行われたとされています。神輿奉納が宝暦13年(1763)と伝えられている。 二戸市サイト
呑香稲荷神社ブログ
1767(明和4年) 江戸時代 玉津島神社 和歌山県和歌山市和歌浦中 和歌山県指定有形文化財
(工芸品)
後桜町天皇の執政関白近衛内前(このえうちさき)が、京都の神輿師桑嶋右衛門に作らせ、1767年に同神社に奉納した神輿 和歌山県教育委員会サイト
玉津島神社サイト
1767(明和4年) 江戸時代 本庄本町の神輿 埼玉県本庄市本庄 本庄市指定有形民俗文化財 旧神輿 明和4年(1767)に製作され、翌年より市神祭礼日に神輿渡御が行われました。明和12年に修理が行われています 本庄市サイト
1767(明和4年) 江戸時代 伊文神社 愛知県西尾市伊文町 愛知県指定有形民俗文化財 記録から明和4年(1767)5月、京都の神輿師桑島作右衛門の作で、同年の祭礼に用い始めたことが分かる 西尾市サイト
1771(明和8年) 江戸時代 剣吉諏訪神社 青森県三戸郡南部町
大字剣吉字上町
南部町有形民俗文化財 剣吉諏訪神社の中心的な祭具で、御輿底面の朱書きによって明和8年(1771)に京都で建造されたことが明らかとなった 南部町サイト 他
1772(安永元年) 江戸時代 祖師野八幡宮 岐阜県下呂市金山町祖師野萱野 岐阜県指定重要有形民俗文化財 安政元年(1772)の墨書あり 岐阜県サイト 他
1778(安永7年)? 江戸時代 八幡宮来宮神社 静岡県伊東市八幡野 伊東市指定工芸品 八幡野の神輿のうち1基は、輦台(れんだい)裏に安永7年(1778)8月の墨書があり。別の1基には、天保11年(1840)の銘があります【伊東市サイト】
別サイトでは神社にある説明文には安永7年(1778)は修理との記載もあり、正確な製作年は不明
伊東市サイト 他
1779(安永8年) 江戸時代 本折日吉神社 石川県小松市本折町 小松市指定文化財
(建造物)
寛永17(1640)年に加賀藩主前田利常が小松城に隠居してから、本社を能美郡の総社として社地が与えられ、この頃から小松城大手門に渡御、祈願して後、氏子の各町を神輿が巡回するようになった。現在の神輿は棟札によれば安永8(1779)に再興されたものである 小松市サイト
1785(天明5年) 江戸時代 有礒正八幡宮 富山県高岡市横田町 高岡市指定文化財
(工芸品)
天明5年(1785)に奉納された神輿。嘉永4年(1851)・平成13年(2001)に修復 高岡市サイト
有礒正八幡宮サイト
1789(寛政元年)? 江戸時代 塩松神社 福島県二本松市小浜反町 二本松市指定有形文化財
(工芸品)
神輿壱基・四神(朱雀・青龍・白虎・玄武)/1基 小浜紋付祭り(塩松神社例大祭)は、江戸時代塩松神社が藩の支配下にあった時、天明の飢饉の村内の復興のために、領主丹羽氏に、お金を献上して御紋章三箇所の使用と神輿渡御が許可され、寛政元年(1789)から始まりました。神輿の製作年数など詳細は不明 二本松市サイト 他
1790(寛政2年) 江戸時代 亀戸浅間神社 東京都江東区亀戸 江東区有形文化財
(工芸品)
寛政2年(1790) 作:桃の井源弥 江東区サイト 他
1790(寛政2年) 江戸時代 若宮八幡宮 石川県白山市若宮 白山市有形文化財
(工芸品)
白山市サイト
加賀松任 若宮八幡宮サイト
1795(寛政7年) 江戸時代 平尾八幡宮 静岡県菊川市中内田 菊川市有形民俗文化財 寛政七年御輿 建立年代寛政7年(1795) 漆塗金銅装鳳輦。建立年代寛政7年(1795) 漆塗金銅装鳳輦。国学者の栗田土満(ひじまろ)の弟貞良が願主になって製作し、奉納したとされる 菊川市サイト 他
1801(享和元年) 江戸時代 城端神明宮 富山県南砺市城端 南砺市指定有形文化財
(工芸品)
八幡神輿、神明神輿 南砺市サイト
1801(享和元年) 江戸時代 八幡宮 群馬県高崎市新町 高崎市指定
重要有形民俗文化財
寛政5年(1793)宿場の大火によって焼失したものを、信仰の篤い宿場の人々の悲願によって享和元年(1801)に復元された 高崎市サイト
1801(享和元年)頃 江戸時代 諏訪神社 群馬県高崎市新町甲 高崎市指定
重要有形民俗文化財
享和元年(1801)ころに製作されたもの 高崎市サイト
1805(文化2年) 江戸時代 舟津神社 福井県鯖江市舟津町 鯖江市指定・登録文化財
(工芸品)
八角形漆塗神輿 錦板戸に懸ける白銅鏡四面の各裏に、「文化二年乙丑秋八月/舟津社神鏡/祝史筑前守従五位下藤原朝臣政恒」の墨書銘がある 鯖江市サイト
1809(文化6年) 江戸時代 徳守神社 岡山県津山市宮脇町 津山市指定
重要有形民俗文化財
現神輿は文化6年(1809)岡崎屋伊兵衛らの発起により、氏子の総力を結集して金塗神輿が新調され、その後明治31年(1898)に修理がなされ現在に至っています。
初代神輿は、寛文4年(1664)黒塗の神輿として新調され、明和2年(1766)に修理された記録が残っていますが現存していません
津山市サイト
徳守神社サイト
1813(文化10年) 江戸時代 多自枯鴨神社 岡山県岡山市北区建部町田地子 岡山市指定
重要有形民俗文化財
墨書から文化10年(1813) 建部郷市場村の藤井茂七郎包家が製作したことがわかる 岡山市サイト 他
1813(文化10年) 江戸時代 富賀岡八幡宮 東京都江東区南砂 江東区有形文化財
(工芸品)
八吉作 八ツ棟御輿 鳳輦 江東区サイト 他
1813(文化10年)? 江戸時代 氷川神社 東京都練馬区豊玉南 練馬区登録有形文化財 修理、後補されているため製作年代は不明ですが、飾り収納箱の蓋裏に「文化十年(1813年) 癸酉六月吉日 中荒井村 惣村中」の墨書があり 練馬区サイト
1814(文化11年) 江戸時代 大神山神社奥宮 鳥取県西伯郡大山町大山 大山町指定文化財
(工芸品)
八角神輿 寛政8年(1796)の火災で焼失したため、伯耆国日野郡黒坂村の人々によって文化11年(1814)に寄進されたものです 大山町サイト
1816(文化13年) 江戸時代 日枝神社 岐阜県高山市城山 高山市有形民俗文化財 二基 文化13年(1816)6月建造。名工谷口五兵衛の作 高山市サイト
1816(文化13年) 江戸時代 浅間神社 山梨県西八代郡市川三郷町宮原 市川三郷町指定文化財
(工芸)
宮原浅間神社壱番神輿 この神輿は、山梨県における三大神輿の一つといわれ、下山宿大工棟梁石川七郎左衛門源重甫により文化13年(1816)丙子8月吉日に建造されました 市川三郷町サイト
1816(文化13年) 江戸時代 業葉神社 愛知県半田市東本町 半田市指定有形民俗文化財 中村組神輿 神輿の歴史は山車以上に古く祭礼が始まったのと同時期(元和元年1614頃)に作られその後何度と改造が重ねられ、文化13年(1816)現在の神輿が新造されました 半田市サイト 他
1818(文化15年) 江戸時代 阿蘇神社 東京都羽村市羽加美 羽村市指定有形民俗文化財 構造は文化15年(1818)宮大工小林藤馬(播磨)が、宮造りの技法をとり入れて製作したもの 羽村市サイト 他
1822(文政5年) 江戸時代 内野浅間神社 山梨県南都留郡忍野村内野 忍野村指定文化財
(工芸)
御神輿と原図 文政5年(1822)における江戸時代末期の名工達の手による、華麗な作風を現代に伝える、大変貴重な資料です。原図には、文政6年3月に始めて渡御が行われたと記されています。また、昭和32年には神輿の大修理が行われ、作られた当時のままの姿が残っています 忍野村サイト
1827(文政10年) 江戸時代 忍草浅間神社 山梨県南都留郡忍野村忍草 忍野村指定文化財
(工芸)
忍野村サイト 他
1831(天保2年) 江戸時代 松任金剣宮 石川県白山市西新町 白山市有形文化財
(工芸品)
白山市サイト
1834(天保5年)より以前 江戸時代 十倉一ノ宮神社 京都府福知山市大江町南有路 福知山市指定文化財
(工芸品)
もと大阪市住吉神社の神輿であったものを、本町出身京都在住の真下甚兵衛氏(屋号菱屋)が寄進したものである。神輿に附属する御酒鈴(みきすず)の刻字によると、天保五年(1834)春はるばると大坂から担い運ばれたことがわかる 福知山市サイト
1835(天保6年) 江戸時代 仲町氷川神社 東京都足立区千住仲町 足立区有形文化財
(工芸品)
金銅装神輿 足立区サイト 他
1836(天保7年) 江戸時代 藤塚神社 石川県白山市美川南町ヌ 白山市有形文化財
(工芸品)
天保7年に廻船業・紺屋三郎兵衛(竹多氏)より寄進された大神輿 白山市サイト
藤塚神社サイト
1838(天保9年) 江戸時代 住吉神社 東京都中央区佃 中央区
区民有形民俗文化財指定
八角神輿 旧神輿 住吉神社文書によれば、芝大門通の万屋利兵衛によって製作され、天保9年(1838)5月に神社に納められたことが分かっています 中央区サイト
1840(天保11年) 江戸時代 岩村田若宮神社祇園社 長野県佐久市大字岩村田 佐久市指定有形文化財 天保11年(1840)江戸の万屋利兵衛の作であることが判明 佐久市サイト
1842(天保13年) 江戸時代 大隅神社 岡山県津山市上之町 津山市指定
重要有形民俗文化財
津山市サイト 他
1843(天保14年) 江戸時代 八重籬神社 岡山県高梁市内山下 高梁市指定有形民俗文化財 六角神輿 神輿の底板に「天保十四年卯三月吉日細工人大坂心斎橋本町北江入 鎌田常右衛門調之」(1843)の墨書があり、八重籬神社が現在地に移った天保13年の翌年に、大坂心斎橋の鎌田常右衛門によって作成されたものである) 高梁市サイト
1844(天保15年) 江戸時代 寒川神社 神奈川県高座郡寒川町宮山 寒川町指定重要文化財 旧神輿 天保15年新調に伴い、それまでの神輿は西岡田村八坂神社へ譲渡 寒川町サイト 他
1845(弘化2年) 江戸時代 多冶神社 京都府南丹市日吉町田原宮ノ前 南丹市指定有形民俗文化財 二基 京の大工・吉野家甚之丞による製作 南丹市サイト 他
1848(嘉永元年) 江戸時代 西和田天王社 埼玉県入間郡越生町 越生町指定有形民俗文化財 神輿内部に「嘉永元□再興之」「佛師 武 伊那住人」「羽村 天王宮神輿 野崎源兵衛行年六十三才 同忰榮吉三十四才 造之」などの銘が墨書されている。現在の東京都羽村市の嘉永元年(1848)に再建された天王宮(天王社)の神輿が、何らかの経緯で、越生町西和田の地にもたらされたと考えられる 越生町サイト 他
1849(嘉永2年)? 江戸時代 東霧島神社 宮崎県都城市高崎町東霧島 都城市指定有形文化財 都城市サイトでは、江戸時代の地誌「御道中記」には「寛陽院(※島津光久)様 御寄進の由に候処、大破に依り嘉永二年酉年(1849)新に御作り替え」とあり、江戸時代につくられた神輿と考えられています と記載
神社説明では、島津藩第18代家久公の寄進によるものとあり → 家久の息子が光久(寛陽院)なので、整合が取れなく正確な年代は不明かと
都城市サイト
東霧島神社サイト
1852(嘉永5年)頃 江戸時代 須賀神社
(氷川神社境内社)
埼玉県川口市鳩ヶ谷本町 川口市指定有形民俗文化財 須賀神社神輿 嘉永5年(1852)頃に鳩ヶ谷宿の若者達が周囲の反対を押し切って奉納したとの伝承があり 川口市サイト
1853(嘉永6年) 江戸時代 八坂神社
(芳川神社境内社)
埼玉県吉川市平沼 吉川市指定有形文化財
(工芸品)
神輿は1853年(嘉永六癸丑年)に二代目が再築されましたが、その神輿も長い歳月を経て、傷みがはげしくなり、現在は芳川神社境内にある八坂神社の御神体として祀られています
吉川八坂祭りの始まりは、1602年(慶長七壬寅年)に吉川宿が分村(上宿・中宿・下宿)され、初代の神輿が製作された時。
吉川市サイト 他
1856(安政3年)以前 江戸時代 近戸神社 群馬県前橋市粕川町月田 前橋市指定重要文化財 製作年代は不詳であるが、安政3年、江戸の神輿師が修理し、その後、浦和の大仏師が修覆し、明治36年前橋の仏師が総塗替を行ったという記録がある 前橋市サイト 他
1856(安政3年) 江戸時代 武並神社 岐阜県恵那市岩村町一色 恵那市有形文化財
(工芸品)
恵那市サイト
1858(安政5年) 江戸時代 王日神社 長野県中野市諏訪町 中野市有形文化財 安政5年(1858)、ときの幕府代官柴田善一郎が、牛頭天王を勧請するために、飯山の佛師稲葉善作昌常に造らせ、さげ与えたのが天王神輿です 中野市サイト
1858(安政5年) 江戸時代 樹下神社 滋賀県大津市木戸 大津市指定文化財
(工芸品)
金銅装神輿 木戸の樹下神社の春祭に集まる五基の神輿の内の一基。安政五年(1858)に、坂本の日吉大社二宮神輿が木戸村に譲渡されたもの。江戸時代前期に遡る日吉大社二宮神輿を前身とする点で、重要文化財の日吉大社神輿七基に準ずる価値を持つ 大津市歴史博物館サイト
1863(文久3年) 江戸時代 八坂神社 埼玉県久喜市栗橋北 久喜市指定有形民俗文化財 「天王宮神輿文久三亥(1863)十月吉祥日」の棟札が、昭和45年(1970)の解体修理の時に発見されました 久喜市サイト
1863(文久3年) 江戸時代 神明神社 栃木県栃木市嘉右衛門町 栃木市指定有形民俗文化財 神明神社の神輿及び祭礼用具一括 神輿再興は棟札により文久3年で、初代神輿は『岡田嘉右衛門親之日記』より天保15年(1844)には既に存在した 栃木市サイトでは非公開
文化遺産データベース
1864(元治元年) 江戸時代 八雲神社 埼玉県久喜市本町 久喜市指定文化財
(歴史資料)
現在の神輿は「天王宮御神輿諸払覚帳」によると、元治元年(1864)6月に160両で購入したと記載され、江戸から船を利用して運ばれたとされます 久喜市サイト
1864(元治元年)以前 江戸時代 篠津須賀神社 埼玉県白岡市篠津 白岡市指定有形民俗文化財 この神輿は元治元年(1864)の修理銘が確認されている古いもの 白岡市サイト
1864(元治元年)以前 江戸時代 八雲神社 栃木県足利市大門通 足利市指定文化財
(工芸品)
「元冶元年(1864)再修」の墨書もあり、江戸時代後期の製作になるものと推定できる 足利市サイト
1864(元治元年) 江戸時代 広瀬神社 埼玉県狭山市広瀬 狭山市指定有形文化財
(工芸品)
上広瀬村名主の清水寛右衛門が奉納したもので、作者は当地の大工の横田長太夫です 狭山市サイト
1866(慶応元年) 江戸時代 八坂神社 群馬県桐生市新里町新川 桐生市指定重要有形文化財 当神輿の製作年代については、神輿と共に残されていた道具箱に「慶応紀元乙丑歳」と書かれていることから、慶応元年11月に製作されたことが分かっています 桐生市サイト
1866(慶応2年) 江戸時代 殿ケ谷の神輿 東京都西多摩郡瑞穂町殿ケ谷地区 瑞穂町指定有形民俗文化財 小伝馬町(中央区)の海老屋忠蔵藤原陸和が製作した 瑞穂町郷土資料館サイト
1866(慶応2年) 江戸時代 金山神社 山梨県都留市上谷 都留市指定有形民俗文化財 金山神社の神輿は、名工福田俊秀とその父石田半兵衛親子の合作によるもので、慶応二年の作で、当時の金額で金五十両といわれている 都留市サイト 他
江戸中期 江戸時代 菅谷神社 神奈川県高座郡寒川町岡田 寒川町指定重要文化財 旧神輿(現在祭礼に使用) 天保15年に寒川神社から西岡田村八坂神社へ譲渡され、現在は菅谷神社の所有(製作年不明) 寒川町サイト 他
江戸中期 江戸時代 八坂神社(若一王子神社境内社) 長野県大町市大町 大町市有形文化財 旧神輿 現在の八坂神社の社殿に設置されている宮殿は江戸時代中期の18世紀初頭に当社(若一王子神社)の神輿として製作されたもので、宝永3年(1706)に造営された若一王子神社観音堂宮殿と類似点が多い事から大町の宮大工である金原一門が手掛けたものと推定されています 大町市サイト 他
江戸中期 江戸時代 武並神社古神輿 岐阜県恵那市岩村町(坂下?) 恵那市有形文化財
(工芸品)
現在所有:上切津島神社 恵那市サイト 他
江戸中期 江戸時代 八坂神社 千葉県香取市佐原 香取市指定有形民俗文化財 旧神輿 現在の神輿は昭和38年(1963)に新調。文化財はそれ以前の旧神輿。製作年代は不明ですが、神社に残る嘉永4年(1851)の古文書には、新規に神輿を仕立てる旨のことが記されているので、あるいはこの時の神輿かもしれません。 香取市サイト
江戸中期 江戸時代 冨士御室浅間神社 山梨県富士河口湖町勝山 富士河口湖町指定有形文化財
(美術工芸品)
富士河口湖町サイト
江戸中期頃 江戸時代 東南湖八幡社 山梨県南アルプス市東南湖 南アルプス市指定文化財
(工芸品)
文政八年(1825)に修復が記されており、製作はそれ以前に遡り江戸中期頃と推定 南アルプス市サイト
江戸 江戸時代 若宮神社、
八劔神社
愛知県蒲郡市三谷町松区 蒲郡市指定文化財
(建造物)
源大夫社、御本社 三谷祭の起源が1696年(元禄9年)であることより、神輿は少なくとも1696年以降の作と推定 蒲郡市サイト
江戸 江戸時代 岡部神社 埼玉県深谷市岡部 深谷市有形民俗文化財 三基 大中小の三基あり 深谷市サイト
江戸 江戸時代 香取神社 東京都江東区亀戸 江東区有形文化財
(工芸品)
古神輿 江東区サイト 他
天保年間(1830-1843)? 江戸時代 木造町神輿 岐阜県岐阜市木造町 岐阜市指定有形民俗文化財 三基 岐阜市サイト
江戸 江戸時代 春日神社 岐阜県関市南春日町 関市指定有形民俗文化財 関市サイト
江戸 江戸時代 知立神社 愛知県知立市 知立市指定有形民俗文化財 知立市サイト
江戸末期 江戸時代 五所神社 神奈川県鎌倉市材木座 鎌倉市指定有形民俗文化財 旧諏訪社神輿 鎌倉市サイト
五所神社材木座まつりサイト
江戸or明治 江戸or
明治時代
諏訪神社 新潟県新発田市諏訪町 新発田市指定有形文化財
(工芸品)
新発田市サイト 他
明治初期 明治時代 坂八幡神社 広島県安芸郡坂町 坂町指定文化財 六角御輿 明治初期から昭和40年代までの約100年間にわたり、坂八幡神社の秋祭りにおいて使用され、先導は天狗の面をつけ、当時の中学生が担いでいた。製作年は不明 坂町サイト 他
1868(明治初年) 明治時代 高根の神輿 東京都西多摩郡瑞穂町大字高根 瑞穂町指定有形民俗文化財 江戸末期から明治にかけて活躍した、高根出身の宮大工伊東清右衛門により建造され、明治初年以来140年間、高根の鎮守高根神社祭礼に御霊代を受け、渡御に使用されている 瑞穂町サイト
1871(明治4年) 明治時代 千住河原町稲荷神社 東京都足立区千住河原町 足立区有形文化財
(工芸品)
金銅装神輿 基部の後方右側に「明治未四年五月吉祥日」と製作年代を示す陰刻銘がある 足立区サイト 他
1875(明治8年) 明治時代 天神社 石川県鹿島郡中能登町最勝講 中能登町指定歴史資料 石動山五社権現神輿 神輿ならびに道具一式は、石動山五社権現のもので、明治7、8年頃にもとめたもの 中能登町サイト 他
1878(明治11年) 明治時代 香取神社 東京都江東区亀戸 江東区有形文化財
(工芸品)
こんにゃく神輿 明治11年に完成したもので、約5年の歳月をかけて製作されました 江東区サイト 他
1881(明治14年) 明治時代 白羽神社 静岡県磐田市白羽 磐田市指定有形民俗文化財 明治14年(1881)、金原明善の寄附を受け名古屋で製作 磐田市サイト
1881(明治14年) 明治時代 貴船神社 静岡県磐田市掛塚 磐田市指定有形民俗文化財 一般的な神輿の形状とは異なる。長方形の破風造り。明治14年再建。元禄10年(1697)の御鏡が付いてる 磐田市サイト
1882(明治15年) 明治時代 多賀神社 東京都八王子市元本郷町 八王子市指定有形文化財
(工芸品)
三輪御所車含む 江戸時代に舁がれていた六角大神輿に代わって明治15年(1882)東京浅草で建造されたものです 八王子市サイト
多賀神社サイト
1882(明治15年) 明治時代 東山白山神社 岐阜県高山市若達町 高山市有形民俗文化財 明治15年(1882)1月に新調したこと、また大正13年(1924)4月に改修された。当神輿は板札書によると、その与鹿に工匠彫刻を学んだ甥の谷口宗之(与三郎)と松木徳兵衛により造られている 高山市サイト
1883(明治16年) 明治時代 志久公民館 埼玉県北足立郡伊奈町小室 伊奈町指定有形民俗文化財 明治16(1883)年 加藤権九郎が発起人となり、当時の北足立郡堤崎村(現上尾市)の棟梁吉澤初五郎と大谷本郷村の彫師山田弥吉に依頼して制造された 伊奈町サイト
1890(明治23年) 明治時代 加積雪嶋神社 富山県滑川市 滑川市指定文化財 堂宮大工・岩城庄之丈により、京都伏見稲荷の神輿を参考に製作されたもので、明治23年(1890)に納められた 滑川市サイト
1892(明治25年) 明治時代 桜山八幡宮 岐阜県高山市桜町 高山市有形民俗文化財 文政年間に創造された前神輿が、明治8年に大火のため焼失して、明治21年から5ヶ年かかって創造した 高山市サイト
櫻山八幡宮サイト
1894(明治27年) 明治時代 函館八幡宮 北海道函館市谷地頭町 函館市指定有形文化財
(工芸)
明治27年に製作された当時の最高の工芸技術を表す八角形の大型神輿です 函館市サイト
1894(明治27年) 明治時代 加茂町 岐阜県本巣市仏生寺 北方町民俗資料
有形民族文化財
明治27年(1894)4月、日清戦争戦勝祝賀記念に、厚見郡(岐阜市)池上北川覚兵が中心となり北川春次郎・竹次郎が手伝って造った。大正元年(1912)10月加茂町仏壇屋高橋惣大によって漆塗りをする 北方町サイト
1895(明治28年) 明治時代 石町 岐阜県本巣郡北方町北方 北方町民俗資料
有形民族文化財
明治28年(1895)日清戦争勝利の祝賀行事として、石町の町内会が造営した。この時は白木造りだったが、10年後の日露戦争の凱旋の時総漆塗とした。作者は「北方町住安藤安右衛門」と墨書されている 北方町サイト
1896(明治29年) 明治時代 与野文化財資料室寄託 埼玉県さいたま市中央区下落合 さいたま市指定有形民俗文化財 仲町獅子王祭獅子頭及び神輿 明治29年(1896)の木札には、世話人や大工の名が記されています さいたま市サイト
1905(明治38年) 明治時代 朝日神社 岐阜県本巣郡北方町柱本 北方町民俗資料
重要有形民俗文化財
明治38年(1905)日露戦争の凱旋祝に加茂町の神輿の型を取り、造営された。ひのきによる白木造りであったが、昭和52年2月に黒漆塗りとする。大工は安藤爲吉・増吉。指物師は翠米次郎との板書がある 北方町サイト 他
明治 明治時代 春日神社 埼玉県熊谷市小八林 熊谷市指定有形民俗文化財 熊谷市サイト
明治 明治時代 長瀬神社 岐阜県下呂市小坂町長瀬 下呂市指定文化財
(工芸品)
下呂市サイト
明治 明治時代 大智明権現 岡山県瀬戸内市邑久町豊原 瀬戸内市指定重要民俗文化財 黒漆地彩色金銅装神輿 明治期の製作と見られるものの、中世以来の正統な輦の形式を伝えている稀な神輿であるとされています 瀬戸内市サイト
1915(大正4年) 大正時代 俵町 岐阜県本巣郡北方町北方 北方町民俗資料
重要有形民俗文化財
大正4年(1915)11月、大正天皇御即位を祝い越前国武生町老松区、上野富吉によって造営された 北方町サイト 他
1915(大正4年) 大正時代 春来町 岐阜県本巣郡北方町春来町 北方町民俗資料
重要有形民俗文化財
大正4年(1915)11月、大正天皇御即位を祝い北方町春来町住民梅田 清一によって造営された。材質は桧等による白木造りであった 北方町サイト 他
1946(昭和21年) 昭和時代 井草八幡宮 東京都杉並区大宮 杉並区指定有形民俗文化財
(信仰)
樽神輿 戦後間もなく作られた廃材等を使用して作られた 杉並区サイト
以下年代不明 熊野那智大社 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山 和歌山県指定有形文化財
(工芸)
二基(旧宮殿) 和歌山県サイト
竹原神社 茨城県小美玉市竹原 小美玉市指定文化財
(工芸品)
【神社掲示板より】石岡総社宮の神輿より小型であるが造り方も全く同じであり美術工芸品としても価値高いものである
【私見】石岡総社宮の神輿とは若干形が違うように思え、疑問あり
小美玉市サイト 他
恵良神社 大分県宇佐市院内町下恵良 宇佐市指定有形文化財 宇佐市サイト
多田神社 兵庫県川西市多田院多田所町 川西市指定文化財
(工芸品)
川西市サイト
越生神社 埼玉県入間郡越生町越生 越生町指定有形民俗文化財 越生神社には3基の神輿が伝わっており、本宮は越生八坂神社、中宮は黒岩八坂神社、若宮が八幡神社の神輿であったと推測されている 越生町サイト 他
八幡神社 宮城県栗原市瀬峰横森前 栗原市指定有形文化財
(建造物)
栗原市サイト 他
大亀神社 福島県田村市都路町古道舘腰 田村市有形文化財 田村市サイト 他
金劔宮 石川県白山市鶴来日詰町巳 白山市有形文化財
(工芸品)
おそらく旧神輿かと 白山市サイト 他
朝浦八幡宮 岐阜県飛騨市神岡町朝浦 飛騨市有形文化財
(工芸品)
飛騨市サイト
桂本神社 岐阜県飛騨市神岡町朝浦 飛騨市有形文化財
(工芸品)
飛騨市サイト
桂本神社 岐阜県飛騨市神岡町朝浦 飛騨市有形文化財
(工芸品)
飛騨市サイト
那比新宮神社 岐阜県郡上市八幡町那比 郡上市指定有形民俗文化財 郡上市サイト
小野八幡神社 岐阜県郡上市八幡町小野 郡上市指定有形民俗文化財 [ 附 飾物 ] 郡上市サイト
星宮神社 岐阜県郡上市美並町高砂 郡上市指定有形民俗文化財 祭礼神輿 郡上市サイト
苅安白山神社 岐阜県郡上市美並町
白山字宮会津
郡上市指定有形民俗文化財 祭礼神輿 郡上市サイト
杉原熊野神社 岐阜県郡上市美並町杉原 郡上市指定有形民俗文化財 祭礼神輿 郡上市サイト
梅原白山神社 岐阜県郡上市美並町梅原 郡上市指定有形民俗文化財 祭礼神輿 郡上市サイト
下田若宮八幡神社 岐阜県郡上市美並町下田 郡上市指定有形民俗文化財 祭礼神輿 郡上市サイト
大矢熱田神社 岐阜県郡上市美並町大原 郡上市指定有形民俗文化財 祭礼神輿 郡上市サイト
杉原熊野神社 岐阜県郡上市美並町杉原 郡上市指定有形民俗文化財 お鍬神輿 郡上市サイト
苅安白山神社 岐阜県郡上市白山字宮会津 郡上市指定有形民俗文化財 お鍬神輿 郡上市サイト
戸隠神社 岐阜県郡上市和良町 郡上市指定有形民俗文化財 附 元禄三年木札 郡上市サイト
惣島八幡神社 岐阜県下呂市馬瀬惣島 下呂市歴史資料 下呂市サイト
大江八幡宮 静岡県牧之原市 牧之原市指定文化財
(工芸品)
市史料館 牧之原市サイト 他
八幡神社 広島県廿日市市吉和 廿日市市指定重要文化財 廿日市市サイト 他
武氏八幡宮 山口県萩市大字上小川東分 萩市指定有形文化財
(工芸品)
萩市サイト

各自治体のサイト上に掲載されている神輿のみですので、実際にはもっとあるのかもしれません。
文化財指定になっていない由緒ある神輿も全国には多数ありますので、ここに記載したのは神輿文化を辿る上でほんの一握りです。
神輿文化は奈良時代から1000年以上続く日本が誇るべき文化のひとつだと思っております。
この文化を絶やさない為に、後世にどうやって引き継いでいけばいいのかと日々ぼんやりと考えておりますが、
本当にザックリではございますが、このようにまとめる事によって今日まで綿々と続いてることが少しでもわかっていただければ幸いです。

 

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